› 時間是一條河 › 2017年07月
2017年07月17日
睦ことはむのよう
「清盛さまのご妻女、二位尼殿と共に御入水なされ、先ごろご遺体のあがったという安徳天皇様ですか?」
物悲しい楽曲の響きは、儚く散った幼い帝の魂を慰めるものだろうか。
顕如さま。おいでになりますか?」
弟は僧の名を呼び、表を上げた僧の顔に別人と気がついた。
申し。顕如様は、いずこにいらっしゃいますか?」
琵琶を弾く手を止めた盲目の法師が、この庵に来てかれこれ20年も経つが、その名の僧は三代も前の庵主ではないかと言う。
遠くで琵琶法師が、再び撥を取り上げ懸命にかき鳴らす楽曲が風に乗る
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」
「おごれる者も久しからず ただ春の夜の夢のごとし」
「たけき者も遂には滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ」
と。
【口語訳】
祇園精舎の、無常堂の鐘の音は、諸行無常の響きをたてる。
釈迦入滅(死ぬこと)の時、白色に変じたという沙羅双樹の花の色は、盛者必衰の道理をあらわしている。
おごり高ぶった者も、長くおごりにふけるできない、ただ春の夜の夢に、はかないものである。
勇猛な者もついには滅びてしまう、全く風の前の塵に等しい。
昔、滑らかな瀬戸内の海で、大きな戦があったと、琵琶法師が語る。
弦を弾けば、ものがなしい特徴ある音色にくわえて、巧妙な語り口で涙を誘う感情がこぼれる。
盲目の琵琶法師の語る、平家物語の一説は実はさまざまであったと今に伝わっている。
作者の分からぬ、諸行無常の物語。
齢8歳の幼帝は、涙ながらに数珠を持ち、念仏を唱えて波間に消えた。
民衆の求めに応じて、話は変化し、黄金の尾を持つ兄の、懐にculturelle兒童益生菌抱かれた人形の話は、いつしか雛の節句の昔話になった。
法師の語る話に、海の伝説は静かに埋もれて行く。
まさか。わたくしは、昨夜、顕如さまにありがたい書を書いていただいた者でございます。」
ひたと目をすえて懸命に語るが、庵の盲目の僧は首を傾げるばかりだった。
「さてわたくしは目が見えませぬゆえ、読むことは叶いませぬが、顕如様の日記などが残っておりますからご覧になりますか?」
奥から、静々と何やら数冊の和綴じの日記を持って来た。
これを、ご覧下さりませ。確かに不思議な話を以前、聞いたことがございます。」
「近くの漁師の求めに応じて、海に向かって投げ入れる成人益生菌証文を書き与えたと昔語りをなさっていたと。龍神へ当てて書を書いたのは、初めてだと感慨深げにお話されたそうでございますよ。」
しかし、それもかれこれ、20年前の話でございます。」
「に、20年?」
一瞬、弟の指先が冷たくなる。
まさかそのようなわしが、海の宮で過ごした数時間が、陸に上がれば20年もの時間とは。」
顕如様の語りが、今や安徳様をお慰めする歌になって居るのですか。」
足元がふらついて、その場に膝がくず折れてしまう。
為すすべもなく呆然と、土間に座り込んだ弟の足元に、静かに入ってきた旅姿の女性の細い足が目に入った。
申し。お尋ね致しまする。」
「この辺りに、先ごろ海から参った若い漁師の家はありませんか?」
目線だけをくゆらせて、弟は考えも叶わず女人を見やった。
長い黒髪を緩く流して、虫の垂衣(むしのたれぎぬ)をつけた市女笠と杖を持つ都人の雅な旅装束だった。
弟君に、海の宮から這子(ほうこ)が、訪ねて参ったとお知らせしたいのです。」
海から、参りましたと微笑む姿は、どこか昨夜の女房達の姿に似ている。
「這子?這子と申したか?そういう名前なら、おことの尋ね人は、おそらく我の事じゃ。去にがけに、兄者がおことの名を告げておった。」
「兄は、海の宮に天児と共に残っている。」
やれ、うれしや、やっとこのような堅苦しい壷装束(つぼしょうぞく)が解けますると、女人は市女笠を取り顔を見せた。
一瞬のうちに、這子と名乗る女性のその美しさに目を奪われた弟の顔が明るくなる。「おことは、確かに這子(ほうこ)と言うのじゃな?」
はい。海の宮の這子が、弟君の元に参り末永くようにと、龍神さまに言われてはるばるまかり越しました。」
弟は、まじまじと海の宮から来たと言う、女性を眺めた。
尾は?おことの魚の尾は、いかがした?」
艶然と身が震えるような、怪しい笑みを浮かべると這子は、弟の嫁御になるために参ったのだと打ち明ける。
物悲しい楽曲の響きは、儚く散った幼い帝の魂を慰めるものだろうか。
顕如さま。おいでになりますか?」
弟は僧の名を呼び、表を上げた僧の顔に別人と気がついた。
申し。顕如様は、いずこにいらっしゃいますか?」
琵琶を弾く手を止めた盲目の法師が、この庵に来てかれこれ20年も経つが、その名の僧は三代も前の庵主ではないかと言う。
遠くで琵琶法師が、再び撥を取り上げ懸命にかき鳴らす楽曲が風に乗る
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」
「おごれる者も久しからず ただ春の夜の夢のごとし」
「たけき者も遂には滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ」
と。
【口語訳】
祇園精舎の、無常堂の鐘の音は、諸行無常の響きをたてる。
釈迦入滅(死ぬこと)の時、白色に変じたという沙羅双樹の花の色は、盛者必衰の道理をあらわしている。
おごり高ぶった者も、長くおごりにふけるできない、ただ春の夜の夢に、はかないものである。
勇猛な者もついには滅びてしまう、全く風の前の塵に等しい。
昔、滑らかな瀬戸内の海で、大きな戦があったと、琵琶法師が語る。
弦を弾けば、ものがなしい特徴ある音色にくわえて、巧妙な語り口で涙を誘う感情がこぼれる。
盲目の琵琶法師の語る、平家物語の一説は実はさまざまであったと今に伝わっている。
作者の分からぬ、諸行無常の物語。
齢8歳の幼帝は、涙ながらに数珠を持ち、念仏を唱えて波間に消えた。
民衆の求めに応じて、話は変化し、黄金の尾を持つ兄の、懐にculturelle兒童益生菌抱かれた人形の話は、いつしか雛の節句の昔話になった。
法師の語る話に、海の伝説は静かに埋もれて行く。
まさか。わたくしは、昨夜、顕如さまにありがたい書を書いていただいた者でございます。」
ひたと目をすえて懸命に語るが、庵の盲目の僧は首を傾げるばかりだった。
「さてわたくしは目が見えませぬゆえ、読むことは叶いませぬが、顕如様の日記などが残っておりますからご覧になりますか?」
奥から、静々と何やら数冊の和綴じの日記を持って来た。
これを、ご覧下さりませ。確かに不思議な話を以前、聞いたことがございます。」
「近くの漁師の求めに応じて、海に向かって投げ入れる成人益生菌証文を書き与えたと昔語りをなさっていたと。龍神へ当てて書を書いたのは、初めてだと感慨深げにお話されたそうでございますよ。」
しかし、それもかれこれ、20年前の話でございます。」
「に、20年?」
一瞬、弟の指先が冷たくなる。
まさかそのようなわしが、海の宮で過ごした数時間が、陸に上がれば20年もの時間とは。」
顕如様の語りが、今や安徳様をお慰めする歌になって居るのですか。」
足元がふらついて、その場に膝がくず折れてしまう。
為すすべもなく呆然と、土間に座り込んだ弟の足元に、静かに入ってきた旅姿の女性の細い足が目に入った。
申し。お尋ね致しまする。」
「この辺りに、先ごろ海から参った若い漁師の家はありませんか?」
目線だけをくゆらせて、弟は考えも叶わず女人を見やった。
長い黒髪を緩く流して、虫の垂衣(むしのたれぎぬ)をつけた市女笠と杖を持つ都人の雅な旅装束だった。
弟君に、海の宮から這子(ほうこ)が、訪ねて参ったとお知らせしたいのです。」
海から、参りましたと微笑む姿は、どこか昨夜の女房達の姿に似ている。
「這子?這子と申したか?そういう名前なら、おことの尋ね人は、おそらく我の事じゃ。去にがけに、兄者がおことの名を告げておった。」
「兄は、海の宮に天児と共に残っている。」
やれ、うれしや、やっとこのような堅苦しい壷装束(つぼしょうぞく)が解けますると、女人は市女笠を取り顔を見せた。
一瞬のうちに、這子と名乗る女性のその美しさに目を奪われた弟の顔が明るくなる。「おことは、確かに這子(ほうこ)と言うのじゃな?」
はい。海の宮の這子が、弟君の元に参り末永くようにと、龍神さまに言われてはるばるまかり越しました。」
弟は、まじまじと海の宮から来たと言う、女性を眺めた。
尾は?おことの魚の尾は、いかがした?」
艶然と身が震えるような、怪しい笑みを浮かべると這子は、弟の嫁御になるために参ったのだと打ち明ける。
Posted by 心力 at
13:20
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