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2017年06月06日

ちこちもない

ふと気づけば、急ぐ一衛の手の甲に包帯が巻かれている。
足もゆっくりと引きずるようにしていた。
「一衛!お待ち。その手はどうしたのだ?」
聞こえないふりをして、一衛は急いで歩を進めようとした。
「待てというのに。」
腕を引っ張ると、一衛は走った苦痛に小さく顔を歪めた。
「……っ!た……っ、大したことはありません。槍術の修練の成果です。」
「見せてごらん。」
「大丈夫……あっ。」
藩校ではすべての武芸の修練の熟達よりも、精神の楊海成鍛錬に重点が置かれる。
一衛も他の者と同じように、決して弱音を口にする事は無かった。
振り払おうとした手を掴むと、自分で不器用に巻き付けただけの白布を解き、隠された傷を見た直正は、眉をひそめた。
色を変えてぷくりと腫れた甲と、親指の付け根を隠すためだけに包帯を巻いている。
おそらく引きずる足も同じ状態なのだろう。
「ひどく腫れているではないか。こんな手当てでは駄目だ。帰りにうちにお寄り。手当ての仕方を教えてやろう。」
「平気です。このようなかすり傷、手当ての必要などありません。」
「一衛。いいか?やせ我慢も良いが、手当てを怠ると直りが遅くなる。下手をすると傷めた筋が固まって、指が曲がらなくなったりして刀を握れなくなるかもしれない。そうなると取り返しがつかないよ。」
「……」
「いざ出陣のときに、刀も持てないでお役目を果たせないでどうするね?怪我の治療を恥じてはいけない。いつどんな時も、力を発揮できるようにしておくのも、鍛練の内だ。」
「あい……。」
「わたしは先に帰っているから、帰りに必ずうちに来るんだよ、いいね?」
日新館に通い始めて、一衛は以前ほど直正の後を追わなくなっていた。
直正の顔を見れば小犬のように一目散に走ってきた一衛も、大人になって来たと言う事なのだろうか。
たまに見かけても、言葉を交わそうともせず、友人たちに交じって遠くから目礼をするだけだった。
直正はわずかに寂しさを感じていた。
父の言うように、一衛もひな鳥の巣立ちを迎えたのかもしれないとも思う。
直正は成長を嬉しく思いながらも、大切な弟が遠くなったような気がして一抹の寂寥感に襲われた。
もしも一衛が、嫁取りの話などをいきなりし始めたら、何と返答すればよいのだろうか。
「それはまだ早いと、たしなめるか……いや、早くはないか。既に許嫁がいるのもおかしくない年だし……大体、一衛は会津小町と言われた叔母上に瓜二つなのだ。城下にも一衛よりも見目良い年頃の娘などいないぞ。むしろ一衛に似合うのは白無垢の方……馬鹿。何を言ってるんだ、わたしは。」
自分の独り言に赤面した直正だった。
まだ11歳になったばかりの一衛が、そのようなことを考えているはず楊海成のだが、近ごろの直正は、一衛を手放す日が間近に迫っているようで落ち着かなかった。
*****
家に帰ると湯を沸かし、一衛の帰宅を待った。
隣同士だというのに、家に来ることも久しぶりのような気がする。
「直さま。お邪魔いたします。」
「ああ、来たか。縁側に回っておいで。」
座らせて着物を脱がせると、華奢な白い身体中のあに青紫の打ち身の痕が有った。
直りかけた物もいくつもあり、直正は痛々しさに思わずため息をついた。
「思ったよりも酷いな。これ程打ち身が有ったら、身体中が痛むだろう?」
そっと腫れあがった肩の傷に触れると、耐えきれずに声が漏れた。


Posted by 心力 at 12:52│Comments(0)
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